門脇麦「自然に感情が動いた」 『ほつれる』での幸せな体験

テラスマガジン編集部

門脇麦を主演に迎え、演劇界の次代を担う加藤拓也が監督を務めた『ほつれる』。監督にとって長編第二作となる本作が描くのは、一人の女性の人生の歩みと、彼女の心の機微だ。主人公・綿子を演じた門脇は、本作の制作過程でいくつもの新鮮な体験をしたのだという。“演劇界の芥川賞”ともいわれる岸田國士戯曲賞を受賞した加藤監督との映画作りについて、彼女に話を聞いた。

者が何かを持ち込む必要がないとすら思えた加藤拓也の脚本

──出演が決まった際の心境を教えてください。

門脇「お話をいただいた時点で脚本を読んでみたらあまりにも面白くて。緻密すぎて余白がないというか、役者が何かを持ち込む必要がないとすら思えるものでした。そんな脚本と出会う機会はめったにありません。登場人物たちによる日常の会話だけで物語が積み上げられているんです。ここまで会話だけで成立している脚本を読むのは稀なことだったので、読んでいる間はもちろんのこと、撮影のことを考えてワクワクしていました。“このセリフを言えるんだ”みたいな喜びがありましたね」

──物語に対する印象はいかがでしたか?

門脇「登場人物の誰もがそれぞれに嫌な部分を持っています。それはある種の弱さなのかもしれません。みんな何かから目を逸らしていたり、逃げていたり、どこか罪悪感のようなものを抱いている人たちです。ずっと低空飛行で、耳鳴りがするときの嫌な感じというか。そんな印象を受けましたね。この嫌な感じを黙読しただけでもはっきりと受け取ったので、映像にしたら相当苦しいものになる予感がありました。これがリアルな会話だけで紡ぎ上げられているのって、かなりすごいことだと思います。ともすると退屈なものになりかねません。物語としては一人の女性の話ですから。加藤さんにしか描けない、加藤さんだからこそ成立させられる、そんな作品だと思います」

──綿子というキャラクターにはどんな印象を抱きましたか?

門脇「撮影前に2週間ほどリハーサルをしたのですが、綿子は共感するのが難しいキャラクターだとずっと思っていました。監督には“あんまり好きになれないなあ”と伝えていましたね(笑)。彼は“でしょうねえ”と苦笑していました。綿子のような人は実際にこの世界にいるはずですし、私自身も置かれている環境が大きく変わったときに、彼女のような言動をとらないともかぎらない。そういう完全に否定できない部分があるからこそ、好きになれなかったんです。そこに見たくない自分の姿があるというか。もっと端的にいうと、私は彼女のようになりたくない。でも、まったく理解できないわけでもない……。非常にリアリティのある人物ですが、私自身とは距離感がありました。観客のみなさんと綿子の心情を共有していければと思っていましたね」

──そんな綿子という役をどのようにして掴んでいきましたか?

門脇「うーん……彼女のことは最後まで掴めないままでした。本当に何を考えているのか分からないし、行動の原理も分からない。綿子という名前がピッタリの人物ですよね。ふわふわしていて、掴みどころがない。もしかすると私って、もともと“役を掴む”みたいな感覚が薄いほうなのかもしれません。ただ、もしも私が“役を掴む”ということをしているのだとしたら、それは一番最初に脚本を読んだ時点でのことかもしれない。キャラクターの身体の感じや喋り方、雰囲気などはファーストインプレッションで決まり、それを現場で表現する。これがいつものスタイルで、あとは監督の演出や要望に合わせつつキャラクターを成立させていくんです」

然に感情が動いた幸せな体験

──加藤監督との初タッグはいかがでしたか?

門脇「画作りにとてもこだわっていたのが強く印象に残っています。“綿子の心情に寄り添うアングル”をつねに探っていて、現場でのリハーサルは私たちのお芝居に対する演出のためというよりも、とにかくアングルを探るための時間でした。演劇には演劇だからこそ成立する加藤さんの方法論があるのだと思いますが、これは映画だからこそ、画で綿子の心情を表現しようとしていました。これだけ精緻な脚本がありますから、お芝居に関してはセリフを言っちゃえば成立するんです。これがきちんと噛み合っているか、脚本の流れに沿っているのかどうかには敏感でしたね」

──現場での印象的なエピソードは何かありますか?

門脇「現実では絶対に泣かないような場面でも、脚本に“涙を流す”と書いてあれば泣かなければなりません。そのためには脚本上のセリフだけでは足りなくて、自分自身で何かを持ち込まなければならない。これも役者の仕事の一つだと思っています。けれども加藤さんの書くセリフって、ただ口にするだけで怒りが湧いてきたり、涙が溢れてきたりするんです。つまり、演じるモードを切り替えなくても自然に感情が動くということ。これは幸せな体験でしたね。怒ったり泣いたりするのを芝居っぽく見せないようにしても、それが自然なものでない場合、加藤さんにはすぐに見抜かれるんです」

──本作を経て発見したものはありますか?

門脇「デビュー当時から、リアルな演技ができる人になりたいと思って今日までやってきました。でも加藤さんの作品と出会って、リアルというものについて考え直させられています。演技におけるリアルって、あえて何もしないことで成立すると思われがちです。でもそうじゃない。リアルな演技を徹底的に追求することが、真の意味でのリアルに繋がる。これは面白い発見でした」

『ほつれる』
監督・脚本 / 加藤拓也
出演 / 門脇麦、田村健太郎、染谷将太、黒木華、古舘寛治、安藤聖、佐藤ケイ、金子岳憲、秋元龍太朗、安川まり
公開 / 新宿ピカデリーほか全国公開
© 2023「ほつれる」製作委員会&COMME DES CINÉMAS

綿子(門脇麦)と夫・文則(田村健太郎)の関係は冷め切っていた。綿子は友人の紹介で木村(染谷将太)と知り合い、頻繁に会うようになる。しかし、あるとき綿子と木村の関係を揺るがす出来事が起こってしまう。平穏に見えた日常の歯車が徐々に狂い出し、過去を振り返るうち、綿子は夫や周囲の人々、そして自分自身と向き合っていくことになる。

門脇麦
かどわきむぎ|俳優
1992年8月生まれ、東京都出身。2011年にドラマ「美咲ナンバーワン!!」(日本テレビ系)で女優デビュー。以来、2015年に『愛の渦』などで第88回キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞を受賞など確かな演技力を武器に、映画やドラマ、舞台で幅広く活躍。2018年には第42回エランドール賞新人賞や2019年に『止められるか、俺たちを』で第61回ブルーリボン賞主演女優賞を獲得。近年の出演作に、映画『さよならくちびる』、『あのこは貴族』、『浅草キッド』、ドラマでは「麒麟がくる」(NHK総合)、「ミステリと言う勿れ」(フジテレビ系)、「リバーサルオーケストラ」(日本テレビ系)など。

撮影 / 西村満 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト / Satoshi Takano ヘアメイク / 伏屋陽子(ESPER)
衣装 / ワンピース:オーラリー、バングル:テッド ミューリング/ヤエカ ホーム ストア、シューズ:ダミット トーキョー

テラスマガジン編集部 編集部

テラスマガジン編集部のアカウントです。

この連載の人気記事 すべて見る
今読まれてます RANKING